nursingraphicus2021
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95サンプルページアニメーション・動画情緒発達と精神看護の基本精神看護学 ❶4本収録! 精神衛生法は改正されたが,精神科病院に患者を収容することを治療の中心にした医療政策は続いていた.1984(昭和59)年,栃木県宇都宮市の民間精神科病院である宇都宮病院において,看護職員らによる患者への傷害致死事件が発覚した.その後,この事件では無資格の看護助手による医療行為,不当な人件費抑制からなる医師・看護職員の絶対的な不足,患者の使役,食糧管理法違反,脳の違法摘出などが次々と明るみに出た.看護職員を含む数百人が取り調べを受け,傷害致死事件においては看護職員ら4人が逮捕され,院長も診療放射線技師法違反などで実刑判決を受けた.(2)精神保健法の成立 これを受けて厚生省(現厚生労働省)は,患者の人権に配慮するよう精神科病院に通知を出した.特に,患者が病院外部の人との連絡手段が確保できること,病院の中で患者を拘束する場合には医師の指示に厳密に従うことなどを重ねて通知した.そしてこれらの通知後,1987(昭和62)年に法律改正が行われ,精神保健法が成立した. 精神保健法では,初めて患者自身の意思による入院形態として任意入院制度と応急入院制度を新設した.これまで措置入院の判定を行っていた精神衛生鑑定医を精神保健指定医(p.170参照)と改めるとともに,精神科病院に対しては報告・改善命令についての規定を設けた.これは精神障害者の人権擁護,適正な精神科医療の確保と社会復帰の促進を目的としていた.また,従来の同意入院が医療保護入院へと名称変更された. この改正では,精神障害者が最良のケアおよび治療を受ける権利を重視して任意入院制度が新設されたが,同時にすでに入院している人からの異議申し立てを保証するために精神医療審査会が設置されており,患者の人権を最大限に配慮しようという意図があった.しかし実際には,申し立てをしても審査がすぐに行われないなど全国的に格差があり,十分機能していないことが指摘された.また,社会復帰施設として精神障害者生活訓練施設および精神障害者授産施設が設けられたが,多数の入院患者の退院を受け入れられるほどの数が設置されたわけではなかった.(3)日本の精神科医療に対する国際的な圧力 一方,日本の精神科病院における度重なる事件に対して,国際非政府機関である国精神保健法(1987)・‌‌任意入院(p.173参照)・応急入院(p.174参照)制度の新設・‌‌精神衛生鑑定医→精神保健指定医に・‌‌社会復帰施設(精神障害者生活訓練施設,精神障害者授産施設)の規定・‌‌精神医療審査会・告知義務規定の新設精神医療審査会精神障害者の人権擁護の立場から,入院の要否,不服申し立てについて,公正かつ専門的な判断を行う機関.1987年の精神保健法で新設され,現在は精神保健福祉法の第12条から14条に規定されている.165 皮膚と皮膚の接触を通しての無意識のコミュニケーションについて前述したが,ビオン(Bion, W.R.)はこれを,「コンテイン-コンテイナー」のモデルであると説明した.これは一般的に「内容と容器」と訳される. 例えば,母と子の関係で見てみると,生まれて間もない赤ん坊は空腹や不安などを体験するが,この一人では耐えきれない不快な感情は,母親に投影され,母親という容器の中に投げ入れられる.つまりこの不快な感情を,「悪い乳房」のせいにすることで耐えやすくなるのである.またこのとき,母親もまた泣き叫ぶ赤ん坊によって,怒りや悲しみ,不安を感じさせられている. この場合,赤ん坊がもっている不安や葛かっ藤とうといった不快な感情は「内容」であり,それを受け止める母親は「容器」となっていると考えるのである.母親は赤ん坊をあやし,不安を和らげようとする.そこで,赤ん坊の感情は,わずかながら癒やされて耐えられる状況になり,母親から赤ん坊へ再び戻されるのである.赤ん坊はこのような経験を積み重ねながら,一人では解決できない耐え難い不快な感情も,母親にぶつけることで軽減でき,乗り越えられることを学習していくのである. この「内容と容器」というモデルは,母親と赤ん坊の関係だけではなく,どの成長段階でも,さまざまな人間関係の中に認めることができる.感情を受け止めてくれる容器としての他者の存在は,母親から友人,先輩,恋人,配偶者,子どもといったように変化するかもしれない.しかし,人はいつも感情の容器である他者に助けられな4感情を受け入れる母親ビオンWilfred R. Bion(1897-1979).イギリスの精神科医,精神分析家.クラインから教育分析を受け,哲学,数学などから示唆を得て,独自の理論を展開した.集団療法の先駆者としても知られる.人から喚起された感情と思考,およびその内容を包み込む関係を,「内容-容器」という概念で示した.この概念は,「苦痛を抱える患者とそれを受け止める看護師」や「空腹を訴えて泣く赤ん坊とそのサインに応える母親」といった対人関係のモデルに当てはめて考えることができる.◎ケーススタディ:臨床場面に見る抱えられる環境 作業療法に参加しているCさんを受け持った看護学生は,毎日一緒にその作業に参加していた.受け持ち当初,Cさんは,作業中も何かと学生に話しかけてくれ,作業の間に休憩が入ると,学生にもお茶を入れてくれた.この状況を,学生はCさんから受け入れられていると思い,喜びを感じていた. ところが数日たつと,Cさんは作業中は作業に没頭し,あまり学生に構わなくなった.学生は何か気にさわるようなことを言ってしまったのだろうか,嫌われてしまったのではないかと悩んだ.しかし,作業への行き帰りはいつもどおり楽しく会話できているのだった. Cさんにとって,最初,見知らぬ人であった看護学生が,今は,気をつかって引き留めておかなくても,そこにいて自分を見ていてくれると思える存在になったのである.学生の存在が気にならなくなり,そばにいてもいなくても,自分に没頭でき,作業に集中できる関係が確立したということである(図3-5).図3-5●抱えられる環境573人格の発達と情緒体験法律や制度の重要事項をポイント解説ケーススタディで臨床をイメージ※視聴方法は16ページをご覧くださいp.165p.57p.123は「こうすべきだ」であるとか「こうしてはいけない」という話はされない.自分の経験を話すだけ,人の話を聞くだけが原則である. また,必要に応じて作業療法やレクリエーション療法も取り入れていく.これらに参加することにより,今までアルコールが原因で乱れていた生活のリズムを正しく調整することができ,体力的にも自信がもてるようになる.そして,仲間との話し合いや集団行動を通して,アルコールを必要とせずに日常生活を送ることがいかに大切であるかを,身をもって学んでいくことができる. そのような学びの場は患者自治会活動にもあるといえ,集団での入院生活を明るく秩序あるものにしていくために役立てることができる.医師,看護師,自治会の仲間と良好な信頼関係を築き,治療を行うにあたって望ましい雰囲気づくりをすることは,退院後における断酒の継続にもつながり,意義が大きい. アルコール代謝阻害薬(シアナミド,ジスルフィラム)や,グルタミン酸作動性神経活動を抑制し飲酒欲求を抑える断酒補助薬(アカンプロサート)の服用について,必要性を十分に説明する.また,入院中もAA(Alcoholics Anonymous)や断酒会に参加するよう促し,退院後も続けて参加できるよう指導する. アルコール依存症者を援助し,アルコール依存症であり続けることを手助けする人をイネイブラー(enabler)という.男性アルコール依存症者の家族の場合,母や妻が援助の手を差しのべることで嗜癖を悪化させてしまい,嗜癖がどんどん進行することがある.この誤った認識を絶つためにも,家族への援助は欠かせない. 患者を入院させてしまえば,家族はそれで安心というわけにもいかない.退院後が本当の治療の始まり,と考えたほうがよいからである.本人が入院している間に,家族はアルコール依存についての正しい知識を得,それまでの混乱した生活を立て直す必要がある.そのためには,家族会や酒害相談所を通じて,患者に巻き込まれ,乱されていた自分自身の生活を見つめ直すことが求められる.そして,病気に対する正しい知識,また病気を悪化させない対応法を学ぶことが大切となる. 看護師は,家族の悩みを聞くことで,家族が孤立しないよう,そして物事を建設的に考え,共依存からの脱却を図るように導く.アラノン(Al-Anon:アルコール依存症者の家族や友人による自助グループ)やアラティーン(Al-Ateen:アルコール依存症者の親をもつ10代の子どものための組織)などへの参加も勧める. 看護師が,援助の対象であるアルコール依存症者に対して否定的な感情を抱いていると,良好な人間関係を築くことはできない.アルコール依存症者に対しての自らのとらえ方を振り返り,偏った見方がなかったかを内省し,苦しみと闘っている目の前の患者に向き合う必要がある.アルコールをやめられないという,つらい気持ちを理解するよう試みること,つまり同じ弱い人間として,共感的な理解,共感的な態度で接するよう努めることが大切である.説教をするような伝え方では効果がないばかり2家族への援助3患者へのアプローチアルコール専門外来アルコール依存症者が退院後,治療継続のために週1回から2週間に1回通院し,アルコール専門医の診察を受ける外来のこと.その後,通院者が集まり集団精神療法に参加する.そこで話した内容の秘密は守られるという安心感のもと,アルコールに対する今の自分の気持ち,生活面での困難な状況などを参加者が話す.他の依存症者の話を聞き,また自分自身のことを話すうちに,共通する経験を発見して共感が育ち,病識をもつようになる.アルコール専門外来クリニックが各地に開設されており,身体合併症の治療も同時に行われている.AA,NAAAは「匿名による断酒会」と称される,患者同士で運営する自助グループ.薬物依存者の場合, NA(Narcotics Anonymous)が,AAをモデルとした方法で運営されている.●「飲まないで生きてゆく」アルコホーリクス・アノニマス(AA)〈動画〉コンテンツが見られます(p.2参照)1238嗜癖と依存自助グループの活動を動画で紹介かざして見る!

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